喜左衛門井戸
高麗茶碗の最高峰と言えばやっぱり井戸茶碗なのではないでしょうか。素朴な姿は作り手の静寂な、捉えどころのない風格さへ感じられるのです。中でも喜左衛門は全てを表した茶碗なのです。武骨ながらもしっかりとしたその受けが印象的。上部の色合いを引き締めています。静かな感触に含まれる激しい心情が伺えます。茶人はこの心の変化に着目したのではないでしょうか。
井戸の茶碗
古典落語でも井戸の茶碗と有名です。登場人物すべてが善人の話です。
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朝鮮王朝時代は日用雑貨として使われていました。多くの大名茶人に愛されました。